ちんちらブログ
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Author:ちんちら
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一瞬でこんがらがるのに一瞬でほどけないのはなぜだろう? 私たちの所属しているこの宇宙はほどくよりこんがらがる方が簡単にできているんだろうか。 2007/2/1

ぼくらの 1〜8巻 感想
漫画の感想です。アニメも珍しく大体見ましたが、原作をこれでもかってひどくした感じ。
原作主義の私でなくても辟易する。
アニメの方はマンガとの比較で言及したりはするかも知れない。
知ったのは最近で、第一印象は決してよくなかったのだが、中盤以降の人間描写の深さに興味を持った。
絶対的能力者による逃れられないゲームへの強制参加は、GANTZとの共通点も多い。
感想を書きたいと思ったのは GANTZと似ていたからではない。深い人間描写があったからだ。
まとめて直近まで読んだので、とりあえず全体の感想書いた。
既刊のコミック8巻までの事実しか書かないようにしたので、コミック派(私はこの人たちが好きではないが)の人たちもネタバレにはならない(多分)。
本投稿以降、細部の感想と、直近何話かの感想を書いて、次の連載からなるべく毎月感想を書いていこうと思う。

冒頭の感想

正直に、第一印象は決してよくなかった。
非常にオーソドックスな展開。
洞窟に行くと、そこにはないはずの空間に繋がっている
ボヤッとしたのが出てきて、実はそのボヤっは仮の姿で本性を出して再登場する。
何度も繰り返し読んだ光景、何度も繰り返し読んだ展開。
少し切り口を変えれば違う感じに見えるものを、あえてそれもしない。

エヴァとのラップ

選ばれた少年がロボに乗って敵をやっつける。
訓練もされたことのない子供達。
日本のお家芸であるロボットアニメの大半がこの展開を取る。
初代ガンダムの冒頭の展開が理想と言われているからだが、常に同じ展開を取られるのは「またか」といつも思う。
読み始めて数巻の間エヴァとのラップを強く感じたのは、使従を思わせる決められた数(14体)の敵が襲い掛かってきてこれを倒さなくてはならない展開が完全にエヴァとラップしたからだ。操縦者が中学生という点も強い共通点だ。
15人の少年少女のロボでの戦いは「銀河漂流バイファム」を連想させた。
エヴァ(や従来のロボもの)と設定を変えてきたのは、まずその大きさだ。
全長 500mは伝説巨神イデオンや戦闘メカ・ザブングルのアイアン・ギアーより巨大だ。
日本のリアル・ロボット・アニメ史上で最大クラスだ(マクロスのような戦艦に手足が着きましたは除く)。
そして巨大なコクピット。全ての少年達がコクピットに入って戦う。この設定自体は初めてではないがポピュラーではない。

死ぬことの決まっている作品

日本人がなぜか好む、病気で死んでいく人を描く作品を、私は好んで見ることはない。
死にゆく人を描けば盛り上がるのは当然だ。
あえて映画やドラマやマンガの中でまでそんな展開を見たいとは思わない。現実だけで沢山だ。
そんなものを使わずに感動させる作品こそ真の作品であると常に思っている。
安易に人の死で感動させようとする作品など凡作だ。
「ぼくらの」を読み始めたきっかけは友人から勧められたことだが、前知識は全く持っていなかったし仕入れようとも思わなかった。
ただ1つ聞いてしまっていたのは、「暗い救いのない作品だよね」
はじめの数話読んでいてこの意味が理解できなかった。
ただ、予想はできたし、的中した。はじめのこの人数。きっと1戦闘に1人ずつ死んでいくんだろうな。
「ぼくらの」は子供達が死んでいく。1戦闘に1人ずつ。
はじめに登場した14人の少年達が全員死んでいくことははじめから決められていた。
この作品はロボットを媒介にした健康のままの人間が決められた死と向き合うことを描く作品だ。
最初からそれが決められていた。

絶対的力をもったもののゲーム

少年少女たちは、知らないうちに"契約"をさせられる。
これも非常によくある設定だ。
古い童話によく見られる。
強制的な契約を描くこれら作品は、大抵登場人物たちに大した落ち度はない。
これは"契約"という名の儀式だ。
巻き込まれれば逃れることは困難な。
絶大な力を持ったものと何も知らないもののほんの些細なしぐさによる"契約"という名の"強制"。
力を持っていないのが落ち度なのか。
一度発動されれば逃れる術はない。
敵の存在はあまりに強大で、あまりに古く、あまりに遠く。そこから逃れることも、全てが終わった後対峙することすら、考えられない。
なぜそれだけの力がありながら、些細な行動を理由にして強制を強いるのか。
生き残るために戦闘をしろという。
勝ったものを救うという。
このルールと強制的なゲームは、GANTZと同じだ。
「ぼくらの」という作品は、ロボの戦いを描いているのでも、強大な敵を描いているのでもない。
それらは道具で、深く触れられることのない脇役に過ぎない。
そして強い主役の機体を与えられ、少年達は戦闘技術は殆ど問われない。
定められた死を前に、少年少女がどう立ち向かっていくか。
健康なままの状態で死んでいく少年少女たちと逃れられない設定、逃れてはいけない大義名分のために人智を超えた強大な存在は存在し、存在させられ、物語を引っ張るために "巨大ロボ"は存在する。

人の本質をはすに切る

近い時期の死を聞かされても子供達は落ち着いている。
こんなに落ち着いていられるものなのか?綺麗過ぎなんじゃないのか?と時折思う。
このゲームをサポートするしかしやはりゲームの駒の1つでしかないコエムシも劇中で「他のやつらはどっか頭の螺子が飛んでやがる」と言っている。
元々そういう子供達が多い集団をじっくり選んだろうことはわかる。
それでも、同じ時期の「自然学校」の子供達をまとめて選び、一人一人選別していった訳ではない、死を受け入れる少年少女たちのドラマを描きたかったのだろう。逆にいえば、死におびえのたうちまわる少年少女達を描きたくなかったのだろう。この点現実味がなく、人の本質をはすに切った描きたい人間像を是が非でも描くエゴを感じる。
人並みの反応を示したのはカコ位。他の子供達は戦闘の終了まで毅然と綺麗に生き抜く。
もし、何ヵ月後かに自分が死ぬとわかったら?
健康のまま、病気でもない。
好きなことをやって死のうと思うだろう。
あるいは、死の恐怖にうちのめされて過ごすだろう。
人が自分の元々もつ衝動のまま生きないのはそれでは社会や集団が成り立たないからだ。
だから法律が必要になった。
しかし死の決まった人間にはもうそれがない。
いくらでも自分の衝動のままに生きようとして全く不思議はない。
しかも一生の中で今を一番楽しく生きているかも知れない子供達が。
殺伐とさせたくはなかったのかも知れないが、はたから見た人の死、まるで高尚な坊主のような人の死のように感じた。
この作品に日常の本当の死はない。そんな気がする。
あるのは、おそらく、死を受け入れた子供達のその先にある世界。成り立てで早熟の人類のエリートたち。

枝状分岐宇端末点

決して新しくはないが、使い古されてもいない平行世界。
しばらくの間明かされなかった敵の正体が自分達と同じ地球人であるという設定はとてもよかった。
宇宙人にしてしまっては敵を身近に感じなくなってしまうし、発展の仕方、文化や考え方などの異質さを考えれば、一見突拍子もない平行世界という考え方の方が実はリアリティがあるだろう。
何より、敵をもっとも身近に感じることができる。ここが最も大きい。
作品中は出てきていないし出てくることはないだろうが、存在したかも知れないもう一人の自分と戦う可能性すらあったのだから。
このパラレルワールドの設定は、日本のロボ史上でいうと、オーガスで使われていた。
設定自体は非常にオーソドックスな部分もあるし全体的にそういうイメージのある作品だが、この平行世界という設定とその世界を間引いていかなければならないという一連の設定が、後発の作品だけある洗練された設定だろう。
全てが人間の想像など足元にも及ばないあらゆる方面で多岐多様に渡って広がりを見せる私たちのいる宇宙という世界の中で、平行世界は横の広がりの世界として当然の事実のように感じる。
どこかに、自分とは少し違うもう一人の自分がいる。
病気で早死にしていた自分、大金持ちになっていた自分、犯罪者になっていた自分、ヒーローになっていたかも知れない自分。
あの時もしこっちを選択していたら。もし右でなく左を選択していたら。事故にあっていなかったら。
あらゆる可能性に全ての世界がまるごと1つ存在する。
"選択"があるたびに世界は1つ1つ分岐して増えていく。
その枝分かれは相乗的に増えて、世界は平行世界で隙間無く埋め尽くされる。
「ぼくらの」の平行世界はそこまでの多様な広がりではない。
しかし、十分に分岐されていて、なんらかの理由によって淘汰を必要としている。
ゲームの理由としては斬新で、面白く、そしてはっきりした理由が与えられた。

ゲームの理由

平行世界の淘汰の理由はいい。
さぞかしまっとうな理由があるのだろう。劇中では「宇宙(地球)の未来の可能性の陶太」「植木の剪定みたいなものだ」とコエムシが説明している。
だが、なぜ、星1つではなく、宇宙そのものの命運を地球という星のたった14人の人間に、しかも当人の自覚無く強制的に背負わせるのだろうか?
そもそも、地球以外に知的生命体はいないのだろうか?
いたとしたら彼らは自分達の世界の運命そのものを、他の星から発達した文明の勝手なゲームで決められることを看過するというのだろうか?
この果てしない宇宙の中でそこまでいきついた文明は地球だけだというのだろうか?
しかも巨大ロボの戦闘で決めるって、ふざけた話だ。まったくふざけた話だ。
ロボで戦って勝つことにどれほど特別の意味があるというのだろう。
こんなルールに真っ当な理由があるとは思えない。
ルーレットで決めるのが面白くないので戦わせて苦悩するところを見てみよう。
そんな理由程度しかないのではないか。
なぜ地球人が全宇宙の運命を担うのかといえば、この物語が地球人によって作られたからだ。
日本人が主人公で怪獣が常に日本にぱかりくる一連の作品と同様だ。
過去、人間は大地は動かないと頑なに理由なく信じ、地球が宇宙の中心であると意味なく信じた。
そして、パラレルワールドを持ち込むこの作品にあっても、地球信仰、人間絶対主義は頑なに続く。
植木の剪定?そんなものはこの広い宇宙に住まう他の知的生命体が許さないだろう。

強い者にはすがるしかない

強い者にはすがるしかない。慈悲を求めて。
例えば誰かがいきなりこう言う。
「東京の地下に大量に爆弾をしかけた。ボタン1つで壊滅できる」
「おい、そこのお前達二人。どちらかが死ぬまで殴り合え」
殴りあった結果約束を守ってくれるのかどうかもわからない。
守ってくれないとわかっていても殺りあうしかない。
慈悲を求めて。
ただ力がある。これがこの宇宙にあってどれほど強い存在となるのか。
宇宙ははじめからそう作られている。
「お前達は家畜の命乞いに耳を貸したことがあるか?」
ある作品の中の王が語った言葉だ。
人は人より強い存在の出現を決して考えない。
土地も地球も全ては自分達の所有物だと考えている。
動物たちを生ませ殺し、自分たちの病気の治療のためだといって抵抗できない無垢な魂を果てしない長く続く苦痛と絶望の中で殺し続けていく。
その理由は人間が一番強いからという信仰の上に唯一成り立つ。

しかし、人間より上位の存在が我々の前に現れたら?
「ぼくらの」は「GANTZ」と共通する絶対的力を持ったものの強制的なゲームを描く。
約束が守られるとか守られないとかではなく。
従うしかない。
それしかできない。
「理不尽」は強い存在の前に必然的に生み出される宇宙の黄金律の1つなのだろう。
人類は、ただ、ただ、自分たち以上の存在がいないことを祈るしかない。祈り続けるしかない。

自分たちが今までやってきたことは、より上位の存在にそのまま人類がやられても因果応報であるという事実から、恐れおののく変わりに、目を背けて思い出さないようにして生きていくしかない。
「GANTZ」や「ぼくらの」はその人類が決して開けようとしない人類にとっては救いの無い真理の扉を開いてしまう、「理不尽」の体現者のようだ。

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テーマ:マンガ - ジャンル:アニメ・コミック

この記事に対するコメント

PON さん

はじめまして。
初見でのコメントありがとうございます。
読者層の違いを感じているところです。

>「なるべく近い世界同士を戦わせる」

私は、似たような地球が存在する世界と解釈しています。
本文中にも「なぜこんなに地球が似ているのか」という回答として説明されていたと思います。
植木を剪定するために似たような発展をした宇宙はどれか1つゲームに勝った世界を活かしておく、というやり方です。

>全く別の知的生命体がロボットを受け取った世界同士の淘汰も存在しているのではないか

これだと誰が受け取るかによって別の世界がまた分岐されてしまい、やっている意味がなくなるのではないかと個人的には思います。
「ぼくらの」のパラレルワールドはそこまで不安定な世界ではなく、例えば地球と火星に知的生命体がいたとして、微妙に違う地球と火星のセットの世界が分岐していると考えています。
もちろん、金星に知的生命体がいる世界といない世界、火星の知的生命体は滅んだ世界などは存在するでしょう。
「ぼくらの」の世界は「地球」しか知的生命体が存在しなかった宇宙と考えることもできますが、この広大な宇宙に生命は満ちあふれていると私は考えています。
【2008/07/26 08:57】 URL | ちんちら #JalddpaA [ 編集]


はじめまして、
偶然通りかかったぼくらの読者です。

論評中になぜ選ばれるのは地球人なのか、とありますが、
コエムシが
「なるべく近い世界同士を戦わせる」と語ったことから、
地球人がロボットを受け取った世界同士の淘汰だけが
描かれているだけで、全く別の知的生命体がロボットを受け取った
世界同士の淘汰も存在しているのではないか、と
個人的に解釈しています。
【2008/07/25 21:40】 URL | PON #- [ 編集]


黒煎りゴマ さん

はじめまして。返信遅くなりました。

「支配者」が普通の人間のように、子供がいて家族がいて、と描かれたのは、私はむしろ好感を持っています。
むしろ、田中さんをヤクザの姉さんにしたり、画楽を姑息なキャラに貶めたり、カンジの母親とその一連のシステムの方が、原作を根底から汚す行為と思っています。
アニメ版というか、原作を勝手に改竄する媒体を私は殆どの場合支持しません。
作品は原作者のものだと常日頃から思っているしブログにも書いているところです。

そして、どんな作品でも全てを無条件に好きになることもありません。
それが作品を好きになるということだと思っています。
そういう意味で私は他の原作ファンとかいう人たちとは違うでしょう。
それは「ぼくらの」に限ったことではありませんが。
【2008/07/25 19:03】 URL | ちんちら #JalddpaA [ 編集]


こんにちは。面白そうなので時々コメントさせていただこうと思っています。
>アニメはやくざとか建築とか持ち込んだり、原作で重要な人物の生死を勝手に変更したり、ともかくセンスのかけらもないです。

と言うわりには、アニメオリジナルの「支配者」を強く意識した論評かなと思いました。原作に対してはむしろ批判的ですらあるように思えます。
「支配者」の存在は当然の帰結としても、それが普通の人間のように描かれた事について原作ファンの間では根強い批判があります。
全体としてはアニメ版を肯定するかのように思えたのですが、いかがでしょうか。
【2008/07/24 22:28】 URL | 黒煎りゴマ #- [ 編集]


こんばんは。
コメントありがとうございます。v-291すっごい久しぶりですね。
ぼくらのはマンガの方がぜんぜんお勧めですよ。
アニメはやくざとか建築とか持ち込んだり、原作で重要な人物の生死を勝手に変更したり、ともかくセンスのかけらもないです。
ただ、マンガの方も暗い作品ですけど。
数多くあるマンガの中で、数少ない読む価値のあるマンガだとは思っています。
【2008/07/24 18:42】 URL | ちんちら #JalddpaA [ 編集]


こんにちは。
私、このアニメ、友達から聞いて気になっていたのです。
深夜に、1回だけ偶然に見た事あるんだけど、
話は、よくわからなかった。
漫画もあるのなら、漫画から読んでみようかな。
【2008/07/24 16:29】 URL | トモリカ #JalddpaA [ 編集]


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