ちんちらブログ
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Author:ちんちら
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千葉県在住 夢有り 映画・カラオケ・尾崎豊好き 車・原付に乗る 嫌いな言葉「あの時はそう思った」晴れ男 小動物好き(一番頭良い動物=チンチラ(科))
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ハンハン 連載終了? ;; +305, 306話
「ハンハン11話連続連載\(^‐^)/」でハンハン終了の杞憂について触れましたが。
その杞憂を一層強めた 303話と今週 306話でした。
つぶやきで済まそうと思ったのですが、ブログに出すことに致しました。
簡単に 305, 306話の感想にも触れようと思います。
(これをやってしまうと、295~304話の感想を出そうとすると順序がおかしくなってしまうのですが・・・)

※GWはもう時間が取れないことが決定的となったため、途中ですが一度出させていただきます。
 いつも直近4つのハンハンに拍手してくださっている方、本当にありがとうございます。m(_ _)m ペコ
 時間がとれはじめたら残り埋めるように致します。

5/24の309話を読んで連載終了がとりあえず310話ではないことが確定的となりました。いや、お恥ずかしい限りです 汗 6/10少し時間割いて残り埋めました。遅くなってすみません。


円+神速(カンムル)

キルアの「電光石火」は円との組み合わせが最終段階、完成形になると思っていた。
だからこそのキルアが円が不得意という足かせであり、円+電光石火の組み合わせが出るのはキルアがもっともっと成長した後、連載が続く限り後ろになると思っていた。
それが 303話の段階で出てきた時点で、301話、20話連続の続行が決まった時に感じた連載終了の杞憂はより深まった。

円+神速(カンムル)の可能性

円の仕組み自体は明確にはわかっていないが。
過去の信長などの描写を見る限り、感知までのプロセスは円を超えられるものはない、人類最速という能力だっただろう。
そう仮定したとき、円による最速の感知とその後に引き継がれる電気のスピードで体を動かす「神速(カンムル)」による攻撃は、生命体を超越して機械、ロボットの域まで達している。
護衛軍は現在のところ最強の強さを誇るが、それも生物として、人外以上の能力を人の精神で実現した、生命としての範囲でしかない。
キルアの円+神速(カンムル)は護衛軍をさえ凌ぎ、相手が生命体の範囲であれば、どんな能力者にもひけはとらない力で、今後の敵を考えると途中で出してはいけない力なのだ。

ラフ

キルアの円+神速(カンムル)という最終形、ゴンの成長した姿という作品としてはやりたくない最終形、この2つの要素の他に、穿った見方になるが、305話のラフな絵や一部の手抜きのようなページ(先生すみません ペコ)も私にとって1つの判断材料となった。
連載が10話ごとになってから、ハンハンは4段、時には5段のコマ割もし1コマずつ緻密に作画もされクオリティが保たれるようになったが、305話の成長したゴンは、それを悟らせないようにするという目的があったにせよ、以前のラフ画のレベルに近い状態に戻っていた。
エヴァを感じさせる1カット以外は文字だけのページ。
301話が始まった段階ですでに310話でキメラアント編が終了することには合意していて、しばらく話数を描いてから連載打ち切りを言い渡されたのであれば、もう編集部に気を遣う必要もなく、ラフ画や1カットのみのページが増えたのもうなずける。
逆に連載が続くのにこれをやることが許されたのか疑問だ。
だからますます連載は終了なのかなと私は思った。

手繰り寄せられた未来 ゴンの願い

ピトーが解説した通り。
ゴンはピトーを倒すために強制的に成長を遂げた。
ではゴンは初めから強制成長を自分の意思で行ったのだろうか?
これはおそらく違う。
ゴンが願ったのはたぶん劇中が全て、305話の「もうこれで終わってもいい。だからありったけを」という思いのみだろう。
自分の可能性を全て引き出すこと。
それがゴンが唯一願ったことであり、その念はおそらくゴンが表層意識としては意識しないままに、いや深層意識ですら「ありったけ」を成長と結び付けるような理詰めの結果ではなく、そうだとするなら、念というより生体エネルギーに近い媒介を通して、肉体の可能性を引き出した結果が、自らの可能性の追求、なのではなかっただろうか。

手繰り寄せられた未来 強制成長の選択

潜在意識にせよ深層意識にせよ念による肉体あるいは精神あるいは魂の選択であったにせよ、ありったけがなぜ成長を選択したのだろうか。
これは理詰めの選択出なかった場合によくわかる。
もしなんの理屈も持たない肉体に、ありったけの力を欲しいと願ったなら、どんな答えが返ってくるだろうか?
ありったけの力を可能性と置き換えるなら、様々な答えがそこには広がる。
例えばグリード・アイランドのドッジボールで見せたように、全ての念を絞り出すこと。それもネテロがやってみせたように、命を注ぎ込んで自らの寿命すら力に変えて。
例えば念を暴走させてユピーのような化け物になること。
例えばピトーを倒すために必要な能力をその場で考え出す。例えば絶対的なスピード差を埋めるために空間を操る能力。
その無限に広がる可能性の中から選ばれたのは、自らの能力が行きつく先だった。
今持つ力を最大限引き出した姿。
つまり、そこには新たな発想は無かった。

手繰り寄せられた未来 成長の先

もしゴンがこのまま成長していったとしたなら、ゴンは間違いなくジャジャンケン以外の必殺技を手に入れることになるだろう。
本命はジャジャンケンにしても、もっと応用の利く必殺技を。
それが今回出てこなかったことは、ゴンがやってのけた「ありったけ」に応じた”もの”は、ゴンをある時空から引っ張ってきたのではない。
今あるゴンの肉体、成長余地の有り余る肉体を成長させきること。
未来と入れ替えるなどどんな制約を入れようとも不可能なことだろう。それは死者を生き返らせるのと同義だろう。
そのことからも、ゴンがやってのけたのは、おそらく成長のみだっただろう。

髪の毛 6/10 追加

くどくど書いてしまったが、よく考えればゴンの髪の毛を見ればああだこうだ説明するまでもなく、念で体のキャパを引き出した姿になるように念じただけなのは、ゴンの髪の毛を見れば一目瞭然だった(人さまのブログなどは見ていません)。
髪の毛の長さは、ゴンが強制的に体の時間を進めた結果だという証拠だ。
細胞レベルで最も過酷に修行したなら手に入ったはずの力を成長と言う形で引き出したのだからつられて毛も長くなる(もっともそれを言うと、髭も爪もなのだが)。
新しい発想で修業するという形は意識としての長い時間の滞留が必要なのだから、新しい力は手に入らない。
また、310話終了時点でゴンの体が元に戻ら中った事実は、さすがキャラクターをシュミレートして正確に動かしている冨樫先生らしい結末で、正確なシュミレートの結果である以上、逆にたどれば新しい事実もそこにはあることになる。
ゴンが念じたのは自分の体を成長させることだったからこそ、ゴンの体は元に戻らなかった。
なぜなら、ゴンの体を元に戻すのはおそらくゴンの体を成長させたのと同じだけの力が必要だからだ。いや、それ以上だろう。時を進めるより戻すことの方がはるかに難しい。それができれば永遠の若返りができることになるのだから。
これがもしゴンの体を未来の時空から戻しただけだったなら、逆にその時間は限られていて、時間がたてば元に戻る、対価として元に戻る結末もありえただろう。

成長の先 基本

ゴンの「ありったけ」が成長であったとして、ゴンが成長した姿は、基本能力の向上だった。
これはある意味肉体の成長のみなのだから当たり前なのだが、ただゴンのベースはここに元々あっただろう。
ゴンのジャジャンケンは本来必殺技というより、念の基本、硬(こう)などの姿に過ぎない。
その硬(こう)も結局ほとんど溜め込むのに時間が要らなくなるなどの成長はできなかった。
成長したゴンでも力を溜めるには相変わらず時間が必要で、その時間を稼ぐことが出来たのは、ピトーを簡単に蹴り飛ばしてのけた研ぎ澄まされた体術と反応だった。
その基本を研ぎ澄ましていくことがゴンの成長の目的だっただろう。
それが今回のゴンの「ありったけ」の姿ではっきりわかっただろう。

成長の先 ゴンの限界 6/10追加

ゴンの成長した姿は、ゴンと作者が目指していた最終系であり、ゴンが選んできた力の肯定ではある。
しかし、ジャジャンケン以外の能力を見せなかったのがゴンの最終形という姿ではないという因子であると同時に、ピトーがつぶやいた「ぼくを倒せるレベルまで」という言葉はつまりは必ずしもゴンの可能性を全て引き出したわけでもないということだ(もっとも本当の最終形などと言うものは連載の最後まで作者にすら見せられるものではないだろうが)。
ここからの話はそこを割り引いてのこととなるが。

攻撃力

ゴン=フリークスには、強化系を極めようとする者として、超えるべき明確な壁があった。
それは比較的早い段階で出てきたウヴォーギンのビッグバン・インパクトだったし、そして直近においてモントゥトゥユピーの「怒りの爆発」だった(ユピーが強化系かどうかは関係ない。むしろユピーが強化系以外なら尚更だ)。
ウヴォーギンのビッグバン・インパクトは当初こそゴンに超える絵が見えなかったが、それでも同じ人間、イベントをこなし大人の体になったなら、いずれ超えるだろうと思っていてたし、その通り強制成長したゴンは明確に超えていただろう。
しかし、ユピーの「怒りの爆発」はどうだろう。私には超えているふうには見えない。
演出の問題でもしかすると超えている可能性もあるが、理屈的には人間が恐竜を超えることはありえない、ということではないだろうか。
極めるものを間違えているように感じていた。
マンガらしい反面リアリティを追求するハンハンにあっては、ついにゴンにしてユピーを超えられなかったという結論を見た気がする。

スピード

破壊力を追求するグーはイベントをこなしていけば化け物のように成長するという絵は見えたが、私にとって全然今までのゴンでは絵が見えなかったのが、刹那のスピードへの対応だった。
連載当初に見せていたキルアのスピードは、あの頃ゴンとキルアが本気の戦いをしたら一瞬でゴンは切り刻まれて終わりなんじゃないかと思ったし、その後の念の序盤の頂上決戦、団長対シルバ&ゼノ戦では、もしこの中にゴンが入ったら、瞬殺の絵しかどうしても思い浮かばなかった。キルアなら幼いころから格闘の英才教育を受けてきたから、スピードには付いていけなくとも、ゴンよりは遥かにましな結果になると見えたし、成長すればキルアはあの三人を超えて行くのも想像しやすかった。
ゴンはキルアと違い、幼いころからの英才教育は受けていない。これは現実ではとてつもなく思いハンディキャップになる。
しかし成長したゴンは、ピトーのスピードさえ軽く凌駕していた。
だからかなり違和感を覚えた。ピトーのレベルは人間の領域では無かった。そもそも技を究めたゾルディックのスピードがピトー以下にしか見えなかったのだから、ゴンが超えているということは、ゾルディックやクロロを遥かに超えた位置までゴンはいると言うことになってしまう。今の今までこれといった刹那の戦闘に対するなんの抗体も持っていなかったゴンが、天武の才という一言でこの差を埋めるというのがやはりどうもまだしっくりこない。
そして、ゴンの成長は基本対術においておそらくネテロをはるかに超えている。
百数十年、念の体現者として君臨し生き延びてきたネテロと全く根本的に違う力を持つ、それはどれだけジンやゴンの系統が異質だと言われても、なかなかに納得できないことだ。

チョキ

キメラアントを簡単に真っ二つにしたゴンのチョキの設定は、ドラゴンボールの気円斬のように完全に持て余した感がある。この辺は"気"を扱う技の宿命なのか・・・
殴るという攻撃は相手が耐えられるという設定にしやすいが、切れるという攻撃は耐えられるという設定にしにくい。
ましてキメラアントと遭遇する時点であれほどの切れ味をすでに誇っていたチョキだ。変化系は不得意という設定もあさってに飛んでいる。
ピトーをチョキで攻撃しない理由がわからない。
グーをここまで極めたゴンなのだから、チョキで攻撃すれば、仮に真っ二つにならなかったにしても、深い傷を負わせることはできるレベルであって当然だ。
だからこそピトーを殺さないつもりだと判断したのに。
ゴンにとってチョキの、いや、念を刃に変えるという設定自体が、他の圧倒的な成長に比べ、見せられないようなレベルまで持て余されていてしまっている気がした。
これが強いてはゴンの残酷性の強調にまで及んでしまった(殺す気ならチョキで攻撃すればいいのにグーで何回も攻撃するなんてどれだけ殴りたいんだという)気がする。

強制成長の代償 6/10追加

ゴンが強制成長の代償として念を一生、あるいはしばらく使えなくなる、とピトーもキルアもそろって口にしているが、これはありていに言って、単にキャラを使った読者へのメッセージだろう。
そもそも、なぜ念が使えなくなるということが、それほどの覚悟につながる最有力候補なのかわからない。
念を使えなくなると言うのは確かに念を使える者にとっては大きなハンデではあるが、念を使えないものにとってはいつもと同じだということだ。
もっと、目が見えなくなるとか、口が聞けなくなるとか、もっとひどい状態を考えるなら、植物人間になるとか、すさまじい痛みにこの先一生耐えなきゃいけないとか、一番愛するものを失うとか、いくらだって、それこそ死よりはるかに辛いこともいくらだって考えられる訳だ。
なのに念が使えなくなると決めつけられるのがよくわからない。
念の本質でも触れるが、そもそも念とは"思い"の力なのだ。その"思い"の強さの矛先、大事な物とは、人それぞれによって違うものだ。
その代償が気が狂うほどに大きければ大きいほど、深ければ深いほど、その見返りは得られるのが念のはずだ。
ゴンにとって念を使えなくなるのが自分の肉体を傷つけるどんなことよりも重要なことだったという結論をつきつけられているようなものだろう。
それをキルアとましてピトーが理解しているというのも信じがたいことだ。
つまり彼らはただのメッセンジャーに過ぎない。それ以外では説明できないくらい荒っぽい言動だった気がする。

ジンと仲間 6/10追加

マンガというのは、後に初登場するキャラほど強くなっていく。
トーナメントや大敵との死闘を潜り抜けた後は、未登場のキャラというのは更に自然に強くなっている。
キャラの初期値というのは相対的なものなのだ。
ゴンのシュミレートした結果の強さは、つまりジンもすでにこのレベルかそれ以上にいるということを指している。
そうでなければ、ゴンだけが特別な人間になり、対等な人間もいなくなる。
すると、ジンにも対等な人間はいることになり、それはつまりグリードアイランドのマスター達が現在知られている範囲では有力候補ということになる。
簡単にいえば、ゴンにこれだけの成長余地があったのだから、すでにその年齢に達しているジンと、ジンが選んだ仲間たちは、成長したゴンと対等か近いレベルですでにいる。ということだ。
この流れは幽々白書の流れでもある。
例え成長したゴンでも王に届き得るのかはまだ疑問だが、ピトーの言ったようにゴンが王に届き得たなら、ジンも届き得るということだ。ジンもグリードアイランドのマスター達も。
ゴンの成長の幅はまだ自由戦闘で本気を出していないレイザーの実力もはるかに押し上げた格好になっている(もっともレイザーは一度若いジンに負けた設定なので他のマスターより劣る可能性はある)。
ところでジンは一体どこでどんな油を売っているのだろうか。人類滅亡の危機に見合うどんな手の離せぬ用事があるのか。魔界の怪物の人間界進行でも一人で食い止めているのだろうか。これは前にも書いた感想だが。
それともジンは近くにすでに来ていて高みの見物でもしているのだろうか。
強制成長したゴンを元に戻すなら、ジンクラスの実力者がおそらくは必要になるはずだが。あるいはゴンはこのまま主役の座を降りるのだろうか。

念の本質 6/10追加

本来念の考察でやるべきだが。
いつになるかわからないし、そもそもできるかもわからないので、ここで触れておく。
念とはそもそも何か?
これは実は念の設定が出た当初にすでに語られている。

念とは・・・念とは、人の"思い"なのだ
念とは、「念を込める」の念なのだ
ゴン達は念が出てきた当初に、ジンが念をしこんだラジカセで念の力の多様性と本質に驚愕させられている。
単なる物でしかないラジカセに強制的にカセットテープを巻き戻したり、いかなる攻撃も無効になるように防御したり、なぜそもそもこんなことが可能だったのか?
メカニズムは? エネルギーは?
それはキルアがその場で答えている。「(ラジカセに)念を込めたんだよ10年以上前に。停止ボタンを押したら巻き戻すように」と。
念とは生命エネルギーだと説明されている。人の肉体の一部というより、精神の一部なのだ。精神の形を物理的に具現化している。
だからこそ、念という媒体には、"思い"を込めることができる。コピーいやインストールすることができる。
人の思いを注ぐことができる数少ない物質なのだ。
思いの力を溜めこむことができる。
その思いは強ければ強いほど物理的な力として強大に働く。
それが「制約」による念の力の乗算のメカニズムだ。
強い想いほどより念という媒体に力を与えてくれる。
その強い想いを具現化するのに、普通の人間は"制約"という足かせを必要とする
なぜならふつうの人間にとってて覚悟とはリスクを伴わなければ得られぬものだからだ。
塾にいかなければ勉強できない。
みんなの前で公言して自分を追い詰めなければ、自分の力を最大限には引き出せない。
しかし、それらは、覚悟を示すただの道具にしか過ぎない。
念の本質が念をこめる思いを載せられる媒体であり、念を強くする仕組みが思いを強くする仕組みであり、それが制約というわかりやすい公の形を取ったに過ぎないと理解できていれば。
そもそも念を強化するのに制約など不要であるというところに早くから行きつくことができる。
少なくとも私は念の制約に本当の意味がない事をはじめから感じていた。
ただの儀式に過ぎないと。
それは今回ネテロが祈りの所作など不要であると今わの際に語ったことで明確に説明されたこととなった
ゴンが自分を強制成長させたのは、制約と同じ、というより制約を極めた条件が必要となったのは確かだ。なんの対価もなしに人間はそんな力は得ることができない。人間はそんな便利な存在じゃない。
ゴンというフローレス、一途で、その思いの方向によっては天使にも悪魔にもなりえる存在は、その狂信的な思いを持つからこそ、制約などという儀式不要に、自分の力を完全に引き出すことができた
ゴンのような人間にとって制約そのものがもともと不要だった。
カイトに対する強い思いがあればそれで全ては不足が無かった。
そのためのピトーに対する頑なな態度、ゴンの性格も、ここにきての狂信的な態度も、全ては儀式不要の最高の念を引き出す布石だった。
念とは思いなのだ。思いが強ければ強いほどその力は強大になる。思いが強い人間であればあるほどその力は強大になる。その思いを極めた存在となりえるのがゴン=フリークス、主人公の性格なのだ。

最後の望み 生まれ変わり

カイトがなんらかの形で生き残る唯一の可能性は、パームと同じ再生だけだ。
これだけがキメラアント編の救いだった。
だがそれがカイトに適用されることは、元々可能性が薄かったのに、今となっては更に可能性がなくなっただろう。
なぜなら連載終了ともなれば、今後の話数でクラピカ達を多少でもコマを割り当てて出さなくてはならない。
王とコムギも収拾しなくてはならない。
何よりゴンを急成長させる礎にしてしまった。
カイトが復活してハッピーエンドの大円団になる可能性も無くはないだろうが。
少なくとも連載終了があたっているなら可能性を低くしただろう。



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この記事に対するコメント
Re: タイトルなし
返信遅くなりました m(_ _)m

最近更新が滞っているのに、昔から変わらぬブログへのアクセスとコメント本当にありがとうございます。
コメントしていただけてとてもやる気が出ました。
【2010/06/22 07:47】 URL | ちんちら #- [ 編集]


「念の本質」読みました。なるほど!流石ちんちらさん!
【2010/06/17 00:45】 URL | kii #e18eO3FY [ 編集]


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